ダブルスタンバイからデビュー


これも後でADさんが説明してくれたのですが、

メインの赤ちゃんモデルが、何か惹きつけを起こして、

今日の撮影に来れなくなったそうです。

 

それでサブの赤ん坊を使おうとしましたが、

こちらも風邪でNG。で困っていたとき、

リーダーから連絡が入り、代わりが見つかったという事でした。

 

サブのまたサブの、私の赤ん坊を使ってもらえる事情がようやく呑み込みました。

ところが撮影現場では、大変なことになりました。

 

先ほどの監督さんの大声

「よし!この子で行こう」と言う声で、

眠っていた私の赤ん坊が目を覚ましたのです。

 

 

 

一度目をパッチリ開けて、あたりを見回し、

そして知らぬ女の人に抱かれているのを知ったのでしょうか、

それは大きな声で鳴き始めたのです。

 

撮影はいったん中止、直ぐに私が抱っこすると泣き止みました。

そこできげんのいいうちにと、そっとお手伝い役の女優さんに渡し、

撮影が続けることになりました。

 

するとまた泣き出してしまったのです。

こうしたことを3度、4度と繰り返し、そのたび撮影は中止になりました。

 

私は申し訳なくて、その場で小さくなってしまい、

私の赤ちゃんが、憎らしくさえ思ってしまいました。

<折角のあなたのデビューがだいなしなのよ>と。

 

ADの人が「泣く子と地頭には勝てないですからね」と私を慰めてくれました。

何度か繰り返すうち、監督が、スタッフを呼んで、

何やら打ち合わせを行った末、「あなたが抱いてください」

それを後ろから撮るということになりました。

 

私の赤ちゃんは泣きませんでした。撮影が終わりほっとしているところに、

監督さんが見えて、「奥さんどうしても後ろからだと絵にならないので、

あなたの抱いているところを正面から撮らしていただけませんか」と

丁寧におっしゃいました。

 

「赤ん坊の笑った顔が取れますからね」とのこと。

それからが大変ヘア、メイク、衣装と大急ぎで周りにいた人が動き回り、

私は着せ替え人形と言った有様でした。

 

変身した私を見た監督さんはじっと私の目を見て、

「セリフ一言いいですか」と言い、主演の男優と何か打ち合わせていました。

 

私に胸はもう張り裂けんばかりでした。

彼が「あなたは?」と尋ねますから「家政婦の三田です」と答えてください。

と笑いながら冗談かなと思ったら、スタッフも真剣な目で

私を見ているので思わず「ハイ」と答えました。

 

あの松島奈々子さんの三田さんのように、帽子をかぶり、

ダウンを着てかっこよいセリフで決めるシーンとはえらい違いでしたが

「家政婦の三田です」のセリフは全く同じでした。

 

主人公の男性がいきなり家に飛び込んで来て「君は誰だ?」と言い、

私は、私の赤ちゃんを抱いたまま「家政婦のミタです」男性の驚く顔で、撮影は終了。

 

出番は、瞬きするほどの一瞬のシーンでしたが、

一生、私の赤ちゃんと私の宝物になりました。

 

ハイカットの掛け声で監督、男優の方が握手していただき、

スタッフの皆さんが大きな拍手してくれました。

嬉しいやら、恥ずかしいやら胸が一杯で、思わず泣いてしまいました。

帰る途中、私の宝物のベビーにそっと言いました「今日はありがとう」と。


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